最近の若者は出世意欲が無いという。
A:「なぜ、出世意欲の無い若者が増えてきたんでしょう?」
B:「え、そもそも出世しないといけないんですか?べつに出世しなくても良いでしょう!
出世なんかしたところで、責任が増えて、心身の健康を害することになるだけで良いことないですよ。」
これをもって、一言で論破したなどと評価する人がいる。
これ、ただ価値観を否定しただけです。
A:「なぜ、がむしゃらに仕事をしないのか?なぜ、頑張らないのでしょう?」
B:「頑張る必要があるのですか?がんばったら給与が上がるのですか?適当にやっているのが一番良いと考えられませんか。」
価値観の否定です。
確かに、出世をするのが良いのか考える必要はあるともいます。
がむしゃらに仕事をして過労死したらあほらしいし、適当に仕事をして適当な成績を出しておくのが日本の会社で生き残る最善の道だということも、ある意味正しいのかもしれません。
でも、その場合は「仕事は一生懸命するべきか?いや、適当にするのが良いのか?」という議題に変えないといけません。
何かを論じるにあたり、その議題自体を否定するなら、それを論じる資格はありません。
A:「国と国との約束は、たとえ政府が変わっても守らないといけないでしょう。」
B:「当時は我が国は経済的に弱体で、自分たちに不利な条件でも飲まなければいけなかったんです。
また、あれは民主的政府ではなく軍事政権が結んだ条約です。よって無効です。」
根本を否定したら、もう何もできません。
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腰を痛めて1週間・・・・
体の基本は腰ですね。
腰を痛めると何もできません。
今日もとりあえずは腰をいたわります・・・・
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